学習者にとってのデジタルバッジの価値
〜連載:インストラクショナルデザインから見るデジタルバッジの可能性(4)~

2024年12月19日 天野 慧(グロービス経営大学院主任研究員)
筆者が教育研究や教育実践に携わる人を対象にデジタルバッジについてプレゼンテーションを行う際に必ず問われる質問がある。それは、学習にとってのデジタルバッジの価値とは何か、というものである。教育は、学習者の学びを成立させるために行うものであるから、研究者や実践者が学習者にとってどのような価値があるかを気になるのは当然だろう。
そこで、教育におけるデジタルバッジの活用可能性について調査している先行研究を紐解きながら、学習者にとってのデジタルバッジの価値を議論したい。本稿では、学習者にとってのデジタルバッジの価値を3つの論点に集約して論じる。
- 「教室」内外の文脈をつなぐスキルの「通貨」としての役割
- 学習プロセスを支援するツールとしての有効性
- デジタルバッジを獲得するプロセスの魅力
教室内外の文脈をつなぐスキルの「通貨」としての役割
デジタルバッジの魅力の一つとして、自分が学校での学習成果を、学校関係者以外の他者にアピールすることが可能であるという点が挙げられる。たとえば、Killskilla et al. (2023)は、デジタルバッジを活用した教育プログラムに参加した大学生を対象に、デジタルバッジが自分にとってどのような価値があるかを尋ねるインタビュー調査を行っている。その結果、多くの学生が将来の就職活動でデジタルバッジを有効活用できると感じていたと報告している。その理由として、デジタルバッジによって自分の能力についてより多くの情報を就職先に提示できるため、ほかの候補者より優位に立てるという点が挙げられている。
また、この研究ではデジタルバッジが就職活動だけではなく、新たな学びの機会にアクセスする際にも有効活用できると認識されていたということも報告されている。たとえば、大学主催の公開講座やセミナーを受講した際に、そこで得た能力を記録して残し、証明することができれば、より応用に位置づけられる講座を受講するときに、受講資格を満たしている証明としてデジタルバッジを活用できるのではないかと期待が寄せられた。あるいは、別の大学の大学院修士課程に応募しようとする際に、自分のスキルを証明する手段としてデジタルバッジを活用できるという期待を寄せた学生もいた。
以上のように、Killskilla et al. (2023)では、学生は授業が終わったあと、すなわち、教室の外に出たときに、デジタルバッジによって自分の学びをアピールすることができる点に魅力を感じていたということが示されている。本連載の第3回で議論したように従来の紙ベースの成績表では成績の優劣しか示せず、その人が何をできるのかといった情報を示すのが難しい。それに対して、デジタルバッジによって学習者のスキルを詳細に証明すれば、教室の外に出たときにも、学びの価値を社会に流通させることが可能となる。いわば、教室で得たスキルを社会へ流通させる「通貨」としての役割がデジタルバッジの価値として学習者に期待されていたといえる。
一方で、Killskilla et al. (2023)は、この研究で調査対象となったのは、デジタルテクノロジーの活用に強い自信を持っており、デジタルバッジのような新たな技術を活用するのに前向きな大学生であったと指摘している。そのため、これらの知見が新しい技術や製品に対しての興味関心が高い、いわゆる「アーリーアダプター」であった可能性が高く、すべての学習者にあてはまるとは限らない。このデジタルバッジのスキルを流通させる「通貨」としての価値は、現時点では潜在的な可能性にとどまるかもしれない。
学習プロセスを支援するツールとしての有効性
デジタルバッジは、学習を支えるツールでもある。Zhang and West(2023)は、大学生向けに写真編集等のソフトウェアの操作方法を教える教育プログラムにデジタルバッジを導入し、その有効性を検討している。この実践で、学習者はソフトウェアの操作方法について学び、操作を応用して完成させプロジェクト課題が課される。講師が、学生の提出した成果物の質を確認し、合格基準を満たせば、学生にデジタルバッジが発行された。合計で36のプロジェクト課題が用意されており、学生は自分で取り組むプロジェクトを選ぶ。そして、各プロジェクト課題に合格すると、それぞれのテーマに対応したデジタルバッジを獲得することができた。学生に対するアンケート及びインタビュー調査を行った結果、デジタルバッジによって自分が何をできていて何ができていないのかを把握しやすいので、学習進捗の自己管理に役立つと学習者に認識されていたことが明らかになった。また、デジタルバッジによって、何をめざせばよいのか、つまりゴールが明確になり、学習プロセスが構造化されやすい点にも肯定的な評価が寄せられた。
このようなデジタルバッジが学生による学習のゴール設定の支援に有効であるという指摘は、ほかの先行研究でもなされている。Cheng et al. (2018)は、自己決定理論(self-determination theory)や達成目標理論を(achievement goal theory)を援用しつつ、デジタルバッジの活用が学習者によるゴール設定にいかに有効か理論的検討を行っている。また、この論文の著者らは、ここで理論的に検討したデジタルバッジの活用方法を実践し、効果を検証したところ、学習者がゴールの達成へ向けて自己主導的な学びを促すことができたことを実証的に示した(Cheng et al. 2020)。この研究で調査対象となった実践は、教職課程の大学生がテクノロジーを授業実践へ効果的に導入する方法を学ぶ16週間のコースであった。このコースでは、対面授業でのケーススタディやオンラインディスカッション、クイズ、最終試験に合格することを学生に課した。それに加え、コースのテーマに関連したスキルの習得を証明するために、8つのデジタルバッジを取得することを要求した。そのうちの4つのデジタルバッジは、情報リテラシー等の基礎スキルに関連したもので学生全員が取得しなければならなかった。残りの4つは、コースに用意された24個のデジタルバッジから自分のニーズに応じて4つのデジタルバッジを選択して取得する形式を採用した。具体的には、ビデオ作成や音声編集等のツールの活用スキルを証明する24個のデジタルバッジから、学生は自分でどれを学ぶかを選択することができた。デジタルバッジの取得に際しては、単にビデオ教材を閲覧すればバッジを付与するのではなく、学生が実際にツールを活用させたうえで、リフレクション・エッセイを書かせた。そして、TAがそれらの提出物が成功基準を満たしていると判断すれば、デジタルバッジを発行するという、厳格な評価のアプローチを採用した。その結果として、デジタルバッジの活用が学生に自分の個人的な興味やニーズとコースの学習目標を結びつけることを助け、学生コースのゴールへ向けてより意欲的に取り組めるようになったことが報告されている。
これらの実証研究から示唆されるのは、デジタルバッジは学習者がスキルをアピールするのに役立つだけでなく、学びを進める過程でも有用なツールであるということである。このデジタルバッジが学びのプロセスの支援にも役立つという知見は、教育工学に関連するアカデミックな研究では議論がされているが、一般的にはあまり知られていないデジタルバッジの価値であろう。
デジタルバッジを獲得するプロセスの魅力
デジタルバッジは、その獲得するプロセスも魅力的である。特に、先行研究では自己効力感を高めるのに寄与するということが実証されている。自己効力感とは、特定の課題に対して、自分ならどの程度やり遂げられると思うかについての学習者の認識であり、学習の成功を左右する重要な要素の一つである。Hodges and Harris (2017)は、デジタルバッジを活用した教育実践に関する先行研究のレビューを行い、デジタルバッジが学習者の自己効力感にどのような影響を与えるかについて検討を行っている。その結果、学習者がデジタルバッジを獲得するという際に、自分の学びのゴールを明確に認識することができ、それを満たすことが証明できればバッジが発行されるという、学びにするフィードバックのプロセスが、学習者が自分の能力を肯定的に捉え、自己効力感を醸成するのに役立つということを示している。
実際に、Cheng et al. (2023)は、教職学生向けに教育工学を教えるプログラムへデジタルバッジを導入し、導入していない場合と自己効力感のスコアがどう異なるか検証を行った。その結果、デジタルバッジを導入したプログラムに参加した群のほうが自己効力感のスコアが有意に高かったことを明らかにした。この結果について、Hodges and Harris (2017)と同様に、学習者が課題に取り組み、その肯定的な結果としてデジタルバッジを獲得するというフィードバックのプロセスによって、学習者の自己効力感を高めることにつながったのではないかと解釈をしている。
先行研究を概観してみると、デジタルバッジは学びを進めるプロセスを支援するツールであり、このプロセスによって、学習者の自己効力感が高まる効果があるとわかる。デジタルバッジを獲得するプロセス自体も学習者にとっては魅力的で価値があるものだといえよう。
デジタルバッジの価値を学習者にどう伝えるか
「馬の鼻先に人参をぶら下げる」と言われるが、このことわざのようにデジタルバッジは学習に駆り立てる手段、つまり外発的動機づけの手段として扱われるケースが少なくない。しかしながら、学習者がデジタルバッジを「ご褒美」として捉えると逆効果になる場合があることも示されている。特に、もとから学ぶ意欲が高い学習者にとって、外発的動機づけの道具としてデジタルバッジが提示されると、自分は別に「ご褒美」がほしいから努力して学んだわけでもないと、かえってモチベーションを下げてしまう場合もある(Abramovich., 2013)。 今回、議論してきたように、デジタルバッジには外発的動機づけの手段以外にも、さまざまな価値がある。こうした学習者にとっての価値も模索してみてはどうだろうか。
参考文献
Abramovich, S., Schunn, C. & Higashi, R.M. Are badges useful in education?: it depends upon the type of badge and expertise of learner. Education Tech Research Dev 61, 217–232 (2013).https://doi.org/10.1007/s11423-013-9289-2
Cheng, Z., Watson, S.L. & Newby, T.J. Goal Setting and Open Digital Badges in Higher Education. TechTrends 62, 190-196 (2018). https://doi.org/10.1007/s11528-018-0249-x
Cheng, Z., Richardson, J.C. & Newby, T.J. Using digital badges as goal-setting facilitators: a multiple case study. J Comput High Educ 32, 406–428 (2020).https://doi.org/10.1007/s12528-019-09240-z
Cheng, Z., Wang, H., Zhu, X., West, R. E., Zhang, Z., & Xu, Q. Open badges support goal setting and self-efficacy but not self-regulation in a hybrid learning environment. Computers & Education, 197, 104744. (2023). https://doi.org/10.1016/j.compedu.2023.104744
Hodges, C.B., and Harris, R.S. Self-Efficacy: A Rationale for Badging in Learning Contexts. i-manager’s Journal on School Educational Technology, 13(1), 1-11 (2017). https://doi.org/10.26634/jsch.13.1.13697
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