EduDX Report      

デジタルバッジによって学習評価のプロセスを透明化する意味
〜連載:インストラクショナルデザインから見るデジタルバッジの可能性(3)~

2024年10月20日 天野 慧(グロービス経営大学院主任研究員)

筆者はデジタルバッジに関する調査・研究の一環として2018年にシカゴで開催されたBadge Summitという国際会議に参加した。このイベントでは、さまざまな領域におけるデジタルバッジを活用した教育実践の事例の共有やシステムのデモが行われており、教育でのデジタルバッジの利活用について活発な議論がなされていた。当時、本邦ではデジタルバッジの実践事例がまだ少ないという状況であり、私にとってデジタルバッジの多様な活用可能性を知る機会となった。

この国際会議では特に、Chicago Learning ExchangeのDyson(2018)のキーノートスピーチから大きな刺激を受けた。このスピーチで印象に残ったのは、デジタルバッジをそもそも何のために活用するのか、その向かう先は何なのかという問いである。デジタルバッジには様々な特徴があるが、デジタルバッジ自体は単なるツール、すなわち目的を達成するための手段にすぎない。そのため、何のためにデジタルバッジを活用するのかという目的が肝心となる。今回は、Sam Dyson(2018)のスピーチの内容を紹介しつつ、デジタルバッジの活用の可能性について議論したい。

デジタルバッジの可能性はN=1の学びを認定できること

Sam Dyson(2018)のキーノート
スライド(筆者撮影)
図2 Sam Dyson(2018)のキーノート
スライド(筆者撮影)

Dyson(2018)のキーノートスピーチでは、Chicago Learning Exchangeという、高校生の放課後の自主的なプロジェクト学習を支援するプログラムにおいてデジタルバッジを活用した実践について報告が行われた。そして、そこから得た経験を紹介し、デジタルバッジの活用可能性が示されていた。
デジタルバッジを何のために、活用していくのかという点で、このスピーチで印象に残ったのは、N=1の価値を高めるためにデジタルバッジを活用できるのではないかという提案である。つまり、教育機関は、デジタルバッジを個々の主体的な学びを記録し価値を認めるために活用できるという提案がなされていた。

従来の成績評価は、客観テストや標準テストの得点によって、学習成果を秀、優、良、可といったように学習者を序列化するというかたちで示されていた。それに対して、デジタルバッジを活用することによって、学習者が自分で設定したテーマで取り組んだ独自の学習成果を豊富な情報とともに認めてあげることができる。デジタルバッジには、バッジ画像にこうした評価に関する情報をメタデータとして付随させたり、レポートやプレゼンテーション動画、制作物・作品などといった学習成果物やプロセスに関するポートフォリオへのリンクを付随させたりする機能がある。従来の紙ベースの成績証明証や修了証が判定の結果しか表すことができなかったのに対して、デジタルバッジを使えば、合格という結果にくわえて、学習者のそれぞれが何をどのようにどの程度できるようになったかを示す、多様な情報を紐づけることが可能となる(図1)。客観テストや標準テストのように唯一解がある問題に取り組むのとは異なり、プロジェクト学習や探究学習では、学習者それぞれに異なる解にたどり着く。デジタルバッジには、こうした成果を学習者がアピールしたり、他者と共有したりすることができる仕組みがある。

図1 紙ベースとデジタルバッジとの学習成果を認定する方法の比較

このように、一人ひとりの学習者の価値を認め、高めるために、デジタルバッジの技術が活用できることが提案されていた。デジタルバッジにはさまざまな機能があり、多様な活用の可能性があるが、このスピーチは、デジタルバッジの向かう先は何か、どんな活用の可能性があるかという観点で一つの明確な方向性を示していた。

学習評価のプロセスを透明化することの意味

こうした可能性がある一方で、デジタルバッジを活用し、学びに関する多様な情報をバッジに付随させる際に生じうる懸念もある。デジタルバッジによって、学習目標や評価基準、学習者の成果物を公開することで、学習評価のプロセスが透明化されることになる。学習成果の認定の根拠となる学習評価のプロセスが妥当で信頼できるものであればよいが、もし、効果的に設計されていない場合には、むしろデジタルバッジを使うことが、教育機関にとってネガティブな影響を与えてしまう可能性もある。たとえば、公正な学習評価が行われていないということが露見され、教育機関のブランドに傷をつけてしまうということがあるかもしれない。あるいは、学習者にとって、そのプログラムで公平な評価が行われていないという不満が生まれてしまうかもしれないし、あるいは、「この程度のレベルの人(低レベル)に修了認定をするなんて・・・」と質が良くないプログラムを展開していると悪評が広まってしまう懸念もある。そのため、効果的に評価のプロセスが設計されている教育プログラムでなければ、デジタルバッジの特徴を活かせないと思われる。逆に、非常にうまく設計されているプログラムであれば、この学習評価のプロセスを透明化することは、自分たちのプログラムの質のよさを知ってもらい、その魅力をアピールするきっかけとなるだろう。

デジタルバッジは、学習者のN=1の価値を高めたり、効果的な評価のプロセスを採用していることをアピールしたりという目的のために活用できる可能性がある。一方で効果的に評価のプロセスが設計されていなければ逆効果になるという懸念もある。インストラクショナルデザイン(教育設計)を専門とする筆者としては、効果的に学習評価のプロセスが設計されたプログラムに導入してはじめて、デジタルバッジは力を発揮すると考えている。

参考文献

BADGE SUMMIT (n.d.) BADGE SUMMIT 2018
https://www.thebadgesummit.com/2018-badge-summit.html 2024年8月27日閲覧

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